縁のある地で挙げた結婚式の写真とその地の歴史を見ながら記事を書いてみたいと思っています。勝手な歴史考察を含めてなので間違いがあるかも知れないので、まるのまま信じないでね。本サイトはプロフィールページにリンクがあります。
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稲敷より成田に嫁ぐ
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今回このブログを始めて、改めて稲敷という地を調べてみました。
すごく神社の多い土地であるという事が分かりました。
大杉神社という名前の神社のホームページを見ると律令制の前から信仰のある神社とあり
面白いなと思って色々と調べると
やはり鹿島神宮や香取神宮の事などが出てきます。
この地域においては鹿島や香取の両神宮は大きな存在だったのだなと思います。
それは、この地域が海と川と陸地とで分かれる地域だったからなのだろうと想像します。
前々回の記事でも書いたように利根川は昔は犬吠埼に向けては流れていなかったのですが
それでも天竜川などの水が抱負に流れていた事に変わりは無く
また2000年も前であるならば今よりもはるかに海は陸地に上がっていたでしょう。
それは霞ヶ浦などで分かる事です。
そして、その豊富な水の畔にというか崎に大杉神社や鹿島神宮、香取神宮があったのですね。
豊富な資源と自然への畏怖はその地に色々な思いを抱かせたのでしょうね。

c0365516_20591916.jpg

話は突然、明治になるのですが
稲敷郡は明治32年(1899年)に千葉県から茨城県に編入されたのですよね。
それは利根川の治水工事の負担を茨城県にもしてもらうための策だったようです。
利根川の恩恵を受けられる、受けられないの間ですったもんだがあった挙げ句の策みたいですね。
しかし、そう考えると僕らは今、都道府県の境は完全に決められたもので動くものでは無いと思っているのですが、わずか120年前にはそうして動いているわけで、その前には廃藩置県があったりするし、日本に朝廷や幕府などの政治が現れてからは何度も領地は変わっているので、今の境が絶対だと言う事は無いのでしょうね。


c0365516_2103665.jpg

この写真の車が走るあたりは時代が時代ならば川、もしくは海の中です。
そして舟で稲敷から成田に嫁入りをしたのでしょうね。
今は自動車で向かいます。
でも、思いは今も昔も共通するものがあったりしているかな?と思ったりしたのは
近所のおばさま達が嫁入りに駆けつけて涙を流していたのを見たからでしょうか。








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by furusatodiscovery | 2015-04-07 21:54 | 茨城